西村陽平と子どもたち展

西村陽平は、千葉県立千葉盲学校で23年間図工を担当し、その後日本女子大学児童学科で15年間美術教育に携わってまいりました。大学在職中、附属豊明幼稚園と附属小学校の子どもたちとワークショップを行ってまいりました。ワークショップで行われた方法は、遊びのような活動からアートの創造的な経験へと導いていくものでした。教え込むのではなく自然とそのようになるように、環境を整えてきました。そのことにより、子どもの潜在的な可能性を最大限に引き出そうという試みでした。

西村は、美術の教育者であるとともに、自らも制作活動を行い、1977年には「第4回日本陶芸展」において外務大臣賞を受賞しました。
長年にわたる制作活動により、その作品はパリ装飾美術館やビクトリア&アルバート美術館などの内外の美術館に収蔵されています。

本展では、子どもたちの作品と西村の作品を展示することにより、西村陽平の世界を紹介するものです。

河津天太 × 豊泉朝子

オープニング・パーティー
2019年10月6日[日]15:00〜

街商バーリンさんの 1dayカフェがオープン! 珈琲を淹れる合間にゼンマイ式の蓄音機を使って、二十世紀前半を彩った様々な音楽をかけます。
皆様、是非お誘いあわせの上、ご来場賜りますようご案内申し上げます。

あること と ないこと の はざま

オープニング・レセプション
2019年9月21日[土]16:30〜

出展作家概要

入佐 美南子
「生命の根源、存在、神秘」をテーマとして、油彩を中心にコラージ1などミクストメディアの手法による絵画表現の制作を行っている。
様々な生命体の根源を考えると、その成リ立ちや構造に不思議な魁力と神秘を感じる。変容する細胞の形成、生成はイメージの増殖を与えてくれ、 そのイメージの形象をもとに、生命体の神秘を感じさせる画面構成の構想が広がる。様々に変容する細胞を生命のエネルギーの根源として、空間に生命体が浮遊している状態や、細胞の中に入リ込んだような異空間を表出したいと思う。

宇野 和幸
在るとも、無いとも断定できないものたちが世界を構成している。それは気配、あるいはその痕跡として流動的に互いに関係しあうものだ。そこにあるものをこそ私たちは認識し、想像し、体験する。多対多で相互に関わリ合う状態を観察する観測点が私(たち)なのだ。世界は気配として存在する。 その気配の、形とは呼べないようなかたちを、その触覚を、手探リで追い続けたいと思っている。

萩原 宏典
初期よリ抽象的な絵画を描いている。
自然の摂理・リズムをテーマにした『タイドグラフ』シリーズを経て、画面を構成する線の延長として様々な索材の棒を画面に貼リ付けた『スティックムーブス』シリーズを制作した。その後は純粋に造形要素の構成と視覚生理の視点から、垂直線と水平線と直角を排除した構成で平衡感覚への刺激を試みた、三角形のシェイプトキャンパスによる『均衡のパラドクス』シリーズを経て、ここ数年はクオリア(感覚質)の記憶をテーマに作品を制作している。
自然の中に一人でいる時にしか感じない様々な感覚や、目を閉じた時に瞼の裏に浮かぶ記憶の融合が作品の源となっている。

関景考

互いにかかわり合うモノゴトを、その中にいて俯瞰するように眺め、知覚すること ー「 関景」を考える。

2018年の暮れにギャラリー睦に集まった3作家は「風景」を描く作家たちである、と言い切っても良いだろう。
その描かれる「風景」とは何なのか。

それらの画面には、表面的にはどこかの景色の断片のようなものは見えるし、実際にモチーフとする場所や構造物、情景などもそれぞれにあるのだろう。
しかし彼らは、その景色を描いているのではなく、そこにある要素や物事の成り立ちを、もっといえばそれらの関わり合いの織り成す状態としての在り方を、その時々の情景として表出している。それらのある種の俯瞰的で固定的でない視線が、そのことを「風景」として創り出しているのだ。
それは「世界」である。かかわりの中で常に遷移する状況の中にあるモノゴトの、一瞬の観測ではなく、関わりそのもの、遷移そのものという形のないものを描く。

私たちがそれの観測者となり得ないのは、私たち自身がその中に存在しているという解決しえない構造ゆえのことである。世界と隔離された傍観者にはなり得ないがごとく、モノゴトを俯瞰する視点というのは私たちの概念の中にしかあり得ない。関係性の中に身を置き、その相関性を(積極的にしろ消極的にしろ)意志的に認識するその在り方が世界を創っている。そこに空間が、質が生まれ、それが世界を示し、そしてそれが「風景」なのだ。

量子的にかかわり合う状態(=セカイ)を読み解き、フウケイとして表現する(=意志的に存在する)作家たちの作品に、どのような「風景」を共有することが出来るだろう。

 

オープニング・レセプション
2018年12月15日(土)16:30〜

寛容な線たち – 創生する形象

寛容な線たち

ひとつの線が不寛容に世界を分けていきながら、同時に世界を寛容に創生していく。 それそのものがなにかであってもなにかでなくても良いことの狭間を揺蕩いながら、緩やかに世界という被膜 をまとってゆくそのプロセス自体には、世界の存在における本質とも呼べるような在り方が潜んでいる。 様々な材質と表情を持つ線たちが躍動し、集積し、痕跡を残し、埋もれ、放擲され、それぞれの持つレイヤー を浸蝕しあう中で描き出されるものたち。そこには寛容な線たちの織り成す関わりの形象が立ち現われる。

Media & Art Day to day

一日一日は、ゆっくりと流れていて、ひとりひとりを見つめています。 その言葉にしにくい豊かさは、わたしたちをいつも支えています。 目には見えないメディアに導かれて、それらが現れるのを待っています。