芸術が現代から現在へ。そしてわかりやすい芸術へ、変わりつつある今。
45年前の作品が何を語ってくれるのか。そして、今の作品が?自分に問いかける。
冬の青森県の奥入瀬を30Fのキャンバス6枚を背負い、手に絵の具箱を持ちそのうえ三脚も持って雪の中を焼山から子ノ口へ歩いている時、前から子連れの牛が歩いて来る。道が狭くかわすことが出来ない、その時親牛が子牛をかばうように静止した。自分の方が寒さと荷物で身動きが取れないと言うのに、牛の方が恐がるように止まった。そう言えば雪深い場所の沼を描く時はクマのようにキャンバスと絵の具箱と三脚を雪を掘り描く場所に埋めておく、一日に運んで描くのが無理なため、描く日運ぶ日を分けていた。
まるでクマや動物が食物を隠しておくかのように。
クマみたいと言われ、ただ作品を創り続けた45年前。
貴方はなにをしていましたか?
今は印象派的表現を追求していない
表現すら意味を持たない — そういうものを追求している。
自分の等身大の作品。
自分に何があるのか? ないのか? — なにもない自分。
作品を創り続けて51年になる。もう半世紀だ。
今、貴方は何をしていますか?
街に向かう人
街を彷徨ってきた人
街を去る人
『遇人』
幾つかのパーツが集い相まって形作られた偶人です。
それぞれのパーツはそれぞれの離合集散の道を歩んで
流木となり、風倒木となり、建築廃材となった木片達です。
偶然なのか、必然なのか、今は齋藤博の元に・・・
そして、それぞれが歩んで来た道を語り始めました。
偶人とは、人に寄り添う相棒。
静かに人の話を聞く人形。偶人(GUU.JIN)とは、そんな人形。
(出典:齋藤 博 「偶人展」)
街に向かう人
街を彷徨ってきた人
街を去る人
『遇人』
幾つかのパーツが集い相まって形作られた偶人です。
それぞれのパーツはそれぞれの離合集散の道を歩んで
流木となり、風倒木となり、建築廃材となった木片達です。
偶然なのか、必然なのか、今は齋藤博の元に・・・
そして、それぞれが歩んで来た道を語り始めました。
偶人とは、人に寄り添う相棒。
静かに人の話を聞く人形。偶人(GUU.JIN)とは、そんな人形。
(出典:齋藤 博 「偶人展」)
(出典:YouTube – Emiko Seto Exhibition)
内側と外側、自己と他者、その間にあるもの。それを形象化した大作6点と最新シリーズ【relationship】15点を展示。
(作家コメント)
作家略歴
1964 沖縄県に生まれる
1987 多摩美術大学卒業
1989 新制作展 新作家賞受賞(同’91’92年受賞)
1990 文化庁第24回現代美術選抜展
1991 東京セントラル美術館油絵大賞展 優秀賞
1993 安井賞展
1996 新制作協会 会員推挙
現在、新制作協会会員 日本美術家連盟会員 横浜美術大学講師、NPO法人 ARTKIDS. JP 代表
街に向かう人
街を彷徨ってきた人
街を去る人
『遇人』
幾つかのパーツが集い相まって形作られた偶人です。
それぞれのパーツはそれぞれの離合集散の道を歩んで
流木となり、風倒木となり、建築廃材となった木片達です。
偶然なのか、必然なのか、今は齋藤博の元に・・・
そして、それぞれが歩んで来た道を語り始めました。
偶人とは、人に寄り添う相棒。
静かに人の話を聞く人形。偶人(GUU.JIN)とは、そんな人形。
(出典:齋藤 博 「偶人展」)
街に向かう人
街を彷徨ってきた人
街を去る人
『遇人』
幾つかのパーツが集い相まって形作られた偶人です。
それぞれのパーツはそれぞれの離合集散の道を歩んで
流木となり、風倒木となり、建築廃材となった木片達です。
偶然なのか、必然なのか、今は齋藤博の元に・・・
そして、それぞれが歩んで来た道を語り始めました。
偶人とは、人に寄り添う相棒。
静かに人の話を聞く人形。偶人(GUU.JIN)とは、そんな人形。
(出典:齋藤 博 「偶人展」)